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sibsi36

Author:sibsi36
岐阜のライフスタイルプロポーザー、SIBSI36です。
本当に素晴らしい「ほんもの」の商品を皆様にお届けいたします。

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堅田落雁

のせたから さきはあわずか ただのかご ひらいしやまや はせらしてみい



この歌には八つの題目が詠まれています。

瀬田、唐崎、粟津、堅田、比良、石山、矢橋、三井

・・・・おわかりでしょうか?

有名な「近江八景」です。



作者の文人・狂歌師、大田南畝は琵琶湖を訪れた際、駕籠屋に

「アンタ、偉い歌の先生なんだってな!なら近江八景のお題目全部入れていっちょ歌作ってくれよ!

 うめぇことできたら駕籠代タダにしてやっからよ!」(口調は適当です)

と言われてこの歌を詠んだそうです。






先日、近江八景の一つである「堅田落雁」に行ってきました。

湖上に突き出た仏堂、満月寺浮御堂の向こうには近江富士が望めます。

そちらの方の桜の木も紅葉しており大変綺麗でした。

浮御堂には1000体の仏像が奉安されています。

国指定有形文化財である浮御堂は、もとは魚類殺生供養のためだったそうです。

1000体の仏像は四方に向いて置かれています。





ここには岐阜県の政治家、故・武藤嘉文も訪れていたようです。



さて、紅葉が綺麗だということで立ち寄ったのが西教寺。




このお寺は明智光秀と関係が深く、信長による比叡山焼き討ちの後、

近江国滋賀郡は光秀が治めたのですが、彼が築いた坂本城とこの西教寺は地理的に近く、

寺の復興に光秀が援助したと言われています(Wikipediaより)。

また光秀が戦死した部下の供養のために供養米を寄進したり、

境内には光秀の供養塔があるそうです(残念ながらこれは見そびれました)。


しかし噂どおり見事な紅葉を見ることができました。

上の写真の銀杏の落ち葉なども、目が覚めるような鮮やかさでした。




あまりに絵になる紅葉でしたので、ついたくさん写真を撮ってしまいました。

皆様にもお楽しみいただけるといいのですが・・・・。



この美しい風景には似合いませんが、

ついでですから冒頭で書いた大田南畝の傑作の辞世をご紹介。


「今までは 人のことだと思ふたに 俺が死ぬとは こいつはたまらん」


最後の「こいつはたまらん」がいいですね。

死ぬ時は万感あるでしょうが、死に際してすらもこんなふうに

笑える歌を残せてしまうユーモアを持って生きていたいものです。



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発言もナマモノです

柳田法務大臣が辞任、のニュース。



柳田法相の就任については、当初からかなり疑問視されていたようです。

9月のNHKの番組で、死刑制度について、取調べの可視化について、など

様々な質問をされた柳田氏はすべてに対してこのように答えたそうです。



「非常に重大な問題ですのでいろいろな方の意見を聞きながらしっかり対応して参りたい」

(「永田町ディープスロート」より)


要するに、自分の意見もビジョンも何も無いということなのでしょう。

さらに11月には、このようにも発言しています。



「皆さんも、何で柳田さんが法相と理解に苦しんでいるんじゃないかと思うが、

 一番理解できなかったのは私です。

 私は、この20年近い間、実は法務関係は1回も触れたことはない」(Wikipediaより)



このようなことを、人前で得意げに話す神経は理解しかねます。

確かに人事は自分の意思とはかけ離れた思惑によってなされるものでしょう。

実は柳田氏の就任は「菅総理が輿石東参院会長の気を引くための人事だった」

とも言われているそうで、実績や実力を考えてのものではなかったのは明らかです。

しかし、いくら意に沿わぬ人事でも任命されたからには必死で勉強して

その地位にふさわしい人間となる努力をするのが当然なのではないでしょうか?

大臣は、いくら国民が直接選んだのではなくとも国の代表者です。

外に出しても恥ずかしくない人にやっていただきたいと願うのは、

まっとうな国民として当然の思いです。



さらに言えば、法務大臣とは死刑執行命令を下すなど、人の生死に関わる非常に重い地位。

にもかかわらず、この人の軽薄な発言はとどまることを知りません。



「法務大臣とは良いですね。二つ覚えときゃ良いんですから。

 個別の事案についてはお答えを差し控えますと、これが良いんです。

 わからなかったらこれを言う。で、後は法と証拠に基づいて適切にやっております。

 この二つなんです。まあ、何回使ったことか。」(Wikipediaより)



いかに無知であろうとも、無知を恥じ必死に職務をこなそうとする人ならば、

こんな発言が出てくるはずがありません。

本当に、恥ずかしくないのでしょうか?



「法相が法を犯して話すことはできない。

 『政治家だからもっとしゃべれ』といわれてもしゃべれない」

そうも言ったそうですが、法を犯すことができない、のではなく

「何も語れることがないほどに無知で、なおかつ仕事をしていない」

と、そのようにしか思えません。



無知で、軽率な発言を繰り返した法相。

ご自分の器をご存知ならば、就任を要請された時に辞退すべきだったのではないでしょうか。



柳田氏は東大を中退し寿司職人として働いていたという異色の経歴を持っています。

ナマモノの取扱はお手の物だと思うのですが、

『発言』というナマモノの取扱は不得手なのでしょうか。

また飲食店で働いていれば、「出すタイミング」「引くタイミング」など

おのずと体得するものだと思いますが、この引き際のもたつきを見ると、

どうやらそういった過去の経験は活かされなかったようですね。



ただ「総理大臣になるのが夢」だったといわれる菅総理。

ゴールにたどり着いてしまったビジョンの無い人が描けるのは、保身だけです。

そんなトップが持つ駒も、自らの保身あるいは権力欲だけの無能な人たちだけ。

このような人たちが舵取りをする日本は、この先どうなってしまうのでしょうか?



だって怖くありませんか?

あんな発言をするような人が、法相だったのですよ。

そして、柳田氏のあとは仙谷官房長官が兼任するそうですが、

「誰か適任者はいないの?」と、半ば呆れてしまいます。



イギリスのエコノミスト誌が日本特集を掲載したそうです。

「未知の領域に踏み込む日本」

考え付く以上の膨大な問題が山積する日本は、

混迷する世界情勢の荒波の中、どこへ向かうのか。

諸外国も興味津々で見守っているのでしょう。

その日本の船頭は・・・・・。



言うだけ空しいのかもしれませんが、

これがずっとずっと長い間、政治をきちんと考えて投票すらしてこなかった国民への、

手痛いしっぺ返しなのかもしれません。



重みのある発言ができる、説得力ある政治家が皆無の今、

せめて、自分の発言に責任を持って実行できる人。

政治はそんな人に任せたいものだと、切に思います。



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徳山村の紅葉

週末に、旧徳山村・現徳山ダムの紅葉を見に行きました。






とても美しい風景・・・・

しかし、その後ろに隠された歴史を素通りすることはできません。



徳山ダムは、形式を「ロックフィルダム」といい、

高さとしては日本で3番目の高さ、ロックフィルダムとしては日本2番目の大きさ、

そして多目的ダムとしての大きさ、また総貯水容量は日本一だそうです。



昭和24年から始まったこの地域のダム建設計画は

変更改訂などを繰り返し、紆余曲折の末に1971年に着工しました。

洪水調整、流水の正常な機能の維持、新規利水、発電を目的としていたそうですが、

皆さんご存知の名古屋市の河村市長が木曽川水系連絡導水路に反対したり、

そもそも徳山ダムの存在だけでは防ぎきれない洪水などいくらでもある、とか、

『徳山ダム=無用の長物』論は計画当時から今に至るまで反対派に根強いようです。


しかし、無用の長物だろうとダムは既に出来上がってしまっており、

このダムのために沈んだ徳山村という地域と、

ふるさとを失い涙を流した522世帯の人々がいるということは紛れもない真実なのです。



補償交渉で山と積まれた大金を手に、たいていの人々はまとまって程近い地域へ、

その他の人々は県外へと去っていきました。

そうして、手にした大金を元手に事業などで成功を収めた人がいる一方、

大金に人生を狂わされてしまった人たちもいるそうです。

悲劇的な人は、ホームレス状態になっていると聞きました。



しかし、家を失いふるさとを失い、どこへ帰るあてがあるのでしょうか。

ふるさとは「こころのよりどころ」です。

何もかも失っても、ふるさとの景色を見れば元気が蘇ることもあるでしょう。

でも徳山の村にそれを望むことはできません。

一時の大金を恨み、その大金を握らせた行政を恨み、

巨大ダムなどというものを建設しようとした時代を恨み、

自分の運命を呪う、そんな人もいるのかもしれません。


今、ダムは新しい観光名所として有名になりました。

積極的にダムに来るのは、村を去って成功した人たちです。

それ以外の人は・・・・言わずもがなでしょう。

自分に悲劇をもたらした存在など誰が見たいと思うでしょうか。


徳山ダムには、かつての美しい村が沈んでいるだけでなく、

たくさんの人の涙と、思惑と、利権と、恨みつらみと、

そういったものが深く深く沈んでいるのだと思います。



昨今、八ッ場ダムの問題が話題になりました。

民主党は前原前大臣の時は計画中止を叫んだのに、現大臣馬淵氏は考えます、ということで方向転換。

同じ政権なのに、ころころと意見が変わります。

それに翻弄されるのは間違いなく地域住民の方たちです。

よくよく考えてもらわないと、既に多額の税金もつぎ込まれているわけですから・・・・。



しかし私は思うのです。

徳山ダムにしても、最初に計画された時から完成までに51年がかかっています。

この、「50年先を見越して計画する」という行動は、

果たして現実的なものなのでしょうか?


50年経てば時代も人も大きく変わり、

気候ですらも(現代のそれを思えばお解かりになりますように)変わります。

特に今は、昔よりものすごいスピードで世の中に変化が起こります。

政治家が言い出す遠い未来の青写真を、鵜呑みにする国民ももういないでしょう。

本当に必要なのか、熟考してもらいたいと思います。

そして、そんな独りよがりな未来を妄想して

お金をドブに投げ捨てるようなことになるのならば、

もっと切実で身近な、ありふれた人々の悩みを解消するために税金は使ってもらいたい、

そう願ってやみません。



徳山の紅葉はとても美しかったのです。

しかし切なさと寂しさが胸を去来することを止める術はありませんでした。

色々なことを考えてしまった、そんな一日でした。



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ぎふのこ祭

文化の日の3日、柳ヶ瀬で「ぎふのこ祭」が開催されました。



柳ヶ瀬を過去の栄光にすがったままの商店街ではなく、

新しい「人とのコミュニケーション」の場として盛り上げていこうという志を持った方々が、

子どもの目線を大切にし、子どもが楽しめるお祭を興そうと、今年新しく始まったものです。





このお祭では子どもたちがオリジナルマントを作ります。

SIBSI36はこの、マントのための布を提供することで参加させていただきました。

早朝から準備を頑張る実行委員はじめ関係者の方々を労うかのように、

たくさんのこどもたち、親御さんたちがいらっしゃって、

用意したマントはすぐになくなってしまいました。



アップリケやボタンをつけたり、絵の具や墨で描いたり、

羽やら花やら思い思いの創意工夫でオリジナルマントを仕上げていく子どもたち。

その姿は生き生きとしており、

まさに「ものづくりは夢づくり」と言いたくなる、そんな光景でした。

実際、出来上がったマントを身に付けた子どもたちの、誇らしげで自慢げな顔つき。

世界でたった一つのオリジナルマントを、

どの子も「どうだ!見てみろよ」と言わんばかりに翻していました。





駆けつけた市長もマントを羽織り壇上に上がって挨拶してくださいました。

このお祭を、ぜひ岐阜の子どもたちの祭として継続させ、根付かせたいと。

市長の心強い言葉を聞いて、一関係者としてとても嬉しくなりました。





このマントのいくつかは、21日まで柳ヶ瀬のアーケード街に飾ってあります。

ぜひ子どもたちの素敵なマントを見に行ってみてください。



「ぎふのこ祭」実行委員会代表の青谷まきさんはじめ実行委員会の皆様、お疲れ様でした。

そして、音響はじめイベントの様々なことをボランティアで支えてくれた縁の下の力持ち、

ARTSの近藤裕昭くん、ありがとうございました。

さらに、ぎふ子ども鼓・太鼓教室と各務原 村国座子ども歌舞伎で出演してくださいました、

NPO法人「花の会」の柴田様、喜久次様、小野崎様。

ご無理を聞いていただきまして、ありがとうございました。



皆様の素晴らしい志と頑張りが、このお祭の成功を呼び込みました。

また、来年の開催を楽しみにしております。

SIBSI36ももちろん、参加させていただきます!



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ついつい

先日、清見町のせせらぎ街道へ、紅葉狩りに行きました。


全体としてはまだ斑ではあるものの、美しい紅葉の風景がそこここで見られました。







ところで、清見のせせらぎと言えば五平餅。

私は毎度楽しみにして行くのですが、

昔からおばあさんがやっている数量限定の五平餅屋さんは、午前中だというのにすでに完売。


がっかりしてふと反対側を見遣ると、

なんと新しく五平餅屋さんができているではないですか!



こちらも相当な行列になっていたのですが、こまで来て五平餅を食べずに帰るなんて・・・・

という気持ちが勝り、その行列に加わって待つこと40分。


本当は1本でよかったのに、並んでいたお客さん皆が皆、

5本、10本と頼んで手土産にするのを見ては、とても1本頂戴、とは言えず・・・・


結局私も5本を買って、残りはお土産に。


まあ、40分も待ったのだし・・・とは思うのですが、

やはりああいうところで周りについついつられてしまう、

そんなところがなんとも日本人らしいなあ、なんて思ったりもするのでした。



・・・あら?

紅葉狩りの話を書いていたのに、最後は食べ物の話になってしまいました。

花より団子、ならぬ紅葉より餅・・・



今年も食欲の秋を堪能しています。



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